Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • 逢坂関(おうさかのせき、あふさかのせき)は、山城国と近江国の国境となっていた関所。相坂関や合坂関、会坂関などとも書く。東海道と東山道(後の中山道)の2本が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。その重要性は、平安時代中期(810年)以後には、三関の一つとなっていた事からも見てとれる。なお、残り二関は不破関と鈴鹿関であり、平安前期までは逢坂関ではなく愛発関が三関の一つであった。
dbpedia-owl:wikiPageExternalLink
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 450082 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 1985 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 75 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 57266447 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dcterms:subject
georss:point
  • 34.994243 135.855695
rdf:type
rdfs:comment
  • 逢坂関(おうさかのせき、あふさかのせき)は、山城国と近江国の国境となっていた関所。相坂関や合坂関、会坂関などとも書く。東海道と東山道(後の中山道)の2本が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。その重要性は、平安時代中期(810年)以後には、三関の一つとなっていた事からも見てとれる。なお、残り二関は不破関と鈴鹿関であり、平安前期までは逢坂関ではなく愛発関が三関の一つであった。
rdfs:label
  • 逢坂関
owl:sameAs
geo:lat
  • 34.994244 (xsd:float)
geo:long
  • 135.855698 (xsd:float)
prov:wasDerivedFrom
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageDisambiguates of
is dbpedia-owl:wikiPageRedirects of
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of