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  • 諸葛 懐(しょかつ かい、生没年不詳)は、中国三国時代の人物である諸葛亮の三男とされる人物。清の張澍『諸葛忠武侯文集』故事諸葛篇に引く『諸葛氏譜』に以下の説話がある。泰始5年(269年)、晋の太傅であった王覧は漢の名臣たちの末裔を招聘し秩禄を与えた。蕭氏、曹氏、鄧氏、呉氏などは宮殿に赴いたが、諸葛亮の末裔だけはやってこなかった。そこで諸葛亮の三子の諸葛懐が生き残っていることをつきとめると、使者を遣わして爵位を与えようとした。しかし諸葛懐は、「私は成都に居住し、桑800株と粗末な畑が15頃あるので、衣食には困っておりません。私という人材は窓枠に使う橡(クヌギ)程度のもので、とても国家の助けにはなりません。窓枠として老いを迎えさせていただくのが、何よりの恩寵です」と拒絶した。後にこれを聞いた武帝はこの答えに満足して従ったという。『晋書』によれば、上記に登場する太傅王覧とは、王祥の弟であり王羲之の曾祖父である王覧を指していると考えられるが、しかし王覧が太傅に任じられたことはなく、269年の太傅は鄭沖である。『三国志』によれば、264年に諸葛京と諸葛顕(諸葛喬の孫)達が河東に移住させられたとあり、また『晋書』武帝紀に拠れば269年に諸葛京が隨才署吏に任じられたとあるが、上記説話ではこれらの件には触れていない。
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  • 諸葛 懐(しょかつ かい、生没年不詳)は、中国三国時代の人物である諸葛亮の三男とされる人物。清の張澍『諸葛忠武侯文集』故事諸葛篇に引く『諸葛氏譜』に以下の説話がある。泰始5年(269年)、晋の太傅であった王覧は漢の名臣たちの末裔を招聘し秩禄を与えた。蕭氏、曹氏、鄧氏、呉氏などは宮殿に赴いたが、諸葛亮の末裔だけはやってこなかった。そこで諸葛亮の三子の諸葛懐が生き残っていることをつきとめると、使者を遣わして爵位を与えようとした。しかし諸葛懐は、「私は成都に居住し、桑800株と粗末な畑が15頃あるので、衣食には困っておりません。私という人材は窓枠に使う橡(クヌギ)程度のもので、とても国家の助けにはなりません。窓枠として老いを迎えさせていただくのが、何よりの恩寵です」と拒絶した。後にこれを聞いた武帝はこの答えに満足して従ったという。『晋書』によれば、上記に登場する太傅王覧とは、王祥の弟であり王羲之の曾祖父である王覧を指していると考えられるが、しかし王覧が太傅に任じられたことはなく、269年の太傅は鄭沖である。『三国志』によれば、264年に諸葛京と諸葛顕(諸葛喬の孫)達が河東に移住させられたとあり、また『晋書』武帝紀に拠れば269年に諸葛京が隨才署吏に任じられたとあるが、上記説話ではこれらの件には触れていない。
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  • 諸葛懐
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