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  • 西尾 宗次(にしお むねつぐ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。通称は仁左衛門。父は宮地久右衛門。初め宮地久作、後に西尾久作。大坂夏の陣で越前松平家鉄砲組に属し、安井神社の境内にて休息中の真田信繁(真田幸村)を討ち取る。その功から、徳川家康及び徳川秀忠父子からは褒美を、松平忠直からは刀などを賜ったとされる。当時、豊前小倉の大名であった細川忠興の書状には、「首は越前殿鉄砲頭取申し候、手負て、草臥れして居られ候を取り、手柄にも成らず候。 」とある。「幸村」初出の軍記物語『難波戦記』には、西尾は当初、この首が誰かわからなかったが、同家中で信繁と旧知の仲であった原貞胤がこれを信繁の首と認知したため、西尾は家康にこれを届けたが、その際に誇張報告をした西尾を家康は叱咤したが、直前に同じ越前松平隊所属の野本右近が御宿政友の首を持参し、それに褒美を与えていたため、仕方なく同様の褒美を与えた、という話が収録されているが、その元の根拠となる史料は存在し無い。福井市立郷土歴史博物館には、西尾宗次が真田信繁を供養する為、孝顕寺に建立した「真田地蔵」が展示されている。この下には信繁の鎧袖が埋められており、代々供養を欠かさなかったとされている。
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  • 西尾 宗次(にしお むねつぐ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。通称は仁左衛門。父は宮地久右衛門。初め宮地久作、後に西尾久作。大坂夏の陣で越前松平家鉄砲組に属し、安井神社の境内にて休息中の真田信繁(真田幸村)を討ち取る。その功から、徳川家康及び徳川秀忠父子からは褒美を、松平忠直からは刀などを賜ったとされる。当時、豊前小倉の大名であった細川忠興の書状には、「首は越前殿鉄砲頭取申し候、手負て、草臥れして居られ候を取り、手柄にも成らず候。 」とある。「幸村」初出の軍記物語『難波戦記』には、西尾は当初、この首が誰かわからなかったが、同家中で信繁と旧知の仲であった原貞胤がこれを信繁の首と認知したため、西尾は家康にこれを届けたが、その際に誇張報告をした西尾を家康は叱咤したが、直前に同じ越前松平隊所属の野本右近が御宿政友の首を持参し、それに褒美を与えていたため、仕方なく同様の褒美を与えた、という話が収録されているが、その元の根拠となる史料は存在し無い。福井市立郷土歴史博物館には、西尾宗次が真田信繁を供養する為、孝顕寺に建立した「真田地蔵」が展示されている。この下には信繁の鎧袖が埋められており、代々供養を欠かさなかったとされている。
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  • 西尾宗次
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