直仁親王(なおひとしんのう、建武2年(1335年) - 応永5年5月14日(1398年6月2日))は、南北朝時代の持明院統の皇族。花園天皇の皇子で、母は宣光門院正親町実子と伝わるが、実際は光厳天皇の皇子。北朝崇光天皇の皇太弟に立てられたが、正平一統の際に南朝方によって廃太子され吉野へ連れ去られた。花園上皇の御所だった「萩原殿」を相続したことから萩原宮(はぎわらみや)とも通称された。
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