Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • 浦和宿(うらわ しゅく)は、日本の近世にあたる江戸時代に整備され、栄えていた宿場町。中山道六十九次(木曽街道六十九次)のうち江戸・日本橋から数えて3番目の宿場(武蔵国のうち、第3の宿)。また、北は日光街道と連絡し、南の府中通り大山道(相模大山および大山石尊〈現:大山阿夫利神社〉詣での道の一つ)とは荒川の渡し場2箇所、羽根倉の渡し(現・埼玉県志木市内)と秋ヶ瀬の渡し(現・埼玉県さいたま市内)によって繋がっていた。所在地は、江戸期には東海道武蔵国足立郡浦和郷浦和宿。現在の埼玉県さいたま市浦和区(旧・浦和市)にあたる。浦和宿は上町(のちに常盤町)・中町・下町(のちに高砂町)からなり、現在は区画整理を経て常盤・仲町・高砂がそれぞれ対応している。
dbpedia-owl:thumbnail
dbpedia-owl:wikiPageExternalLink
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 156994 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 9878 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 186 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 58062891 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
prop-ja:colwidth
  • 30 (xsd:integer)
prop-ja:group
  • note
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dcterms:subject
rdfs:comment
  • 浦和宿(うらわ しゅく)は、日本の近世にあたる江戸時代に整備され、栄えていた宿場町。中山道六十九次(木曽街道六十九次)のうち江戸・日本橋から数えて3番目の宿場(武蔵国のうち、第3の宿)。また、北は日光街道と連絡し、南の府中通り大山道(相模大山および大山石尊〈現:大山阿夫利神社〉詣での道の一つ)とは荒川の渡し場2箇所、羽根倉の渡し(現・埼玉県志木市内)と秋ヶ瀬の渡し(現・埼玉県さいたま市内)によって繋がっていた。所在地は、江戸期には東海道武蔵国足立郡浦和郷浦和宿。現在の埼玉県さいたま市浦和区(旧・浦和市)にあたる。浦和宿は上町(のちに常盤町)・中町・下町(のちに高砂町)からなり、現在は区画整理を経て常盤・仲町・高砂がそれぞれ対応している。
rdfs:label
  • 浦和宿
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:depiction
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageDisambiguates of
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of