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  • 森山崩れ(もりやまくずれ)とは、天文4年(1535年)12月5日早朝に、三河国岡崎城主・松平清康が、尾張国春日井郡森山(現在の愛知県名古屋市守山区)の陣中において、家臣の阿部正豊に暗殺された事件をいう。「守山崩れ」と書かれることもある。『信長公記』では守山、『三河物語』では森山と記載されている。この事件を契機に、松平氏はその力を失い、家督を継いだ松平広忠は、後に嫡男である竹千代(後の徳川家康)を人質として今川氏に差し出すこととなった。森山(守山)は、清洲城より約10キロの地点であり、清洲城の支城・守山城(織田信秀の弟、信光が城主)の攻略のための布陣であった。
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  • 森山崩れ(もりやまくずれ)とは、天文4年(1535年)12月5日早朝に、三河国岡崎城主・松平清康が、尾張国春日井郡森山(現在の愛知県名古屋市守山区)の陣中において、家臣の阿部正豊に暗殺された事件をいう。「守山崩れ」と書かれることもある。『信長公記』では守山、『三河物語』では森山と記載されている。この事件を契機に、松平氏はその力を失い、家督を継いだ松平広忠は、後に嫡男である竹千代(後の徳川家康)を人質として今川氏に差し出すこととなった。森山(守山)は、清洲城より約10キロの地点であり、清洲城の支城・守山城(織田信秀の弟、信光が城主)の攻略のための布陣であった。
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  • 森山崩れ
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