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  • 柳原 資明(やなぎわら すけあきら、永仁5年(1297年) - 文和2年/正平8年7月27日(1353年8月26日))は、鎌倉時代後期から室町時代前期にかけての公卿で、柳原家の祖。正二位権大納言。後伏見上皇の院近臣であった正二位権大納言日野俊光の四男。母は三位局(亀山院女房)。子に柳原宗光、武者小路教光、土御門保光、柳原忠光がいる。兄に日野資名、日野資朝、弟に賢俊がいる。「柳原殿」と称される邸宅に住んでいたため、柳原を家名とした。
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  • 柳原殿
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  • 素性不詳、源康世の娘
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  • --07-27
prop-ja:氏名
  • 柳原 資明
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  • 日野家(藤原北家日野流嫡流) → 柳原家(藤原北家日野流)
prop-ja:父母
  • 父:日野俊光、母:三位局(亀山院女房)
prop-ja:特記事項
prop-ja:生誕
  • 永仁5年(1297年)
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  • 柳原 資明(やなぎわら すけあきら、永仁5年(1297年) - 文和2年/正平8年7月27日(1353年8月26日))は、鎌倉時代後期から室町時代前期にかけての公卿で、柳原家の祖。正二位権大納言。後伏見上皇の院近臣であった正二位権大納言日野俊光の四男。母は三位局(亀山院女房)。子に柳原宗光、武者小路教光、土御門保光、柳原忠光がいる。兄に日野資名、日野資朝、弟に賢俊がいる。「柳原殿」と称される邸宅に住んでいたため、柳原を家名とした。
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  • 柳原資明
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