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  • 村国 子虫(むらくに の こむし、生没年不詳)は、日本の奈良時代の人物である。旧仮名遣いでの読みは同じ。姓(カバネ)は連。740年に伊勢国に行幸する聖武天皇に付き従った。村国氏は美濃国各務郡の豪族で、村国男依が672年の壬申の乱で功を立てたことにより、朝廷でも知られるようになった。子虫はその係累と思われるが、系譜は不明である。天平11年(739年)1月に、子虫は正六位上から外従五位下に昇った。その前に現れる村国氏の官人としては、男依の子村国志我麻呂がおり、天平3年(731年)に従五位上になったのを最後に『続日本紀』の記録がなくなる。史料の上では子虫は志我麻呂と交代するように現れる。天平12年(740年)、藤原広嗣の乱の最中に、聖武天皇は突然伊勢国に行幸した。村国連子虫はこれに従い、11月21日に発せられた陪従者の昇叙に連なって外従五位下に昇った。この他に子虫について知られることはない。
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  • 村国 子虫(むらくに の こむし、生没年不詳)は、日本の奈良時代の人物である。旧仮名遣いでの読みは同じ。姓(カバネ)は連。740年に伊勢国に行幸する聖武天皇に付き従った。村国氏は美濃国各務郡の豪族で、村国男依が672年の壬申の乱で功を立てたことにより、朝廷でも知られるようになった。子虫はその係累と思われるが、系譜は不明である。天平11年(739年)1月に、子虫は正六位上から外従五位下に昇った。その前に現れる村国氏の官人としては、男依の子村国志我麻呂がおり、天平3年(731年)に従五位上になったのを最後に『続日本紀』の記録がなくなる。史料の上では子虫は志我麻呂と交代するように現れる。天平12年(740年)、藤原広嗣の乱の最中に、聖武天皇は突然伊勢国に行幸した。村国連子虫はこれに従い、11月21日に発せられた陪従者の昇叙に連なって外従五位下に昇った。この他に子虫について知られることはない。
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  • 村国子虫
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