日本人民共和国憲法草案(にほんじんみんきょうわこくけんぽうそうあん)は、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌6月29日に発表した大日本帝国憲法の改正草案で、その内容は日本共産党機関誌『前衛』1946年7月21日号に掲載された。太平洋戦争敗戦後、新憲法制定に関する議論がなされていた時期の日本共産党の意見である。 なお、1993年(平成5年)に発行された『憲法の原点―論評と資料』(日本共産党中央委員会付属社会科学研究所編、新日本出版社発行)では、歴史的文献として「日本共産党憲法草案」という題名で収録している。 2000年(平成12年)2月に、日本共産党委員長の不破哲三は「(共産党憲法草案は)戦争が終わった翌年の1946年、日本で新しい憲法をつくろうというときに、当時の党が提案したものであって、そういう歴史的な文章だ、われわれの今後の行動はそれを基準にするものでもないし、それに拘束されるものでもありません」とし、事実上破棄した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙で、日本共産党を攻撃する発行人不明の怪文書が大規模に播かれ、そのビラには「あなたは『日本人民共和国』に賛成ですか?」と書かれていた。

Property Value
dbo:abstract
  • 日本人民共和国憲法草案(にほんじんみんきょうわこくけんぽうそうあん)は、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌6月29日に発表した大日本帝国憲法の改正草案で、その内容は日本共産党機関誌『前衛』1946年7月21日号に掲載された。太平洋戦争敗戦後、新憲法制定に関する議論がなされていた時期の日本共産党の意見である。 なお、1993年(平成5年)に発行された『憲法の原点―論評と資料』(日本共産党中央委員会付属社会科学研究所編、新日本出版社発行)では、歴史的文献として「日本共産党憲法草案」という題名で収録している。 2000年(平成12年)2月に、日本共産党委員長の不破哲三は「(共産党憲法草案は)戦争が終わった翌年の1946年、日本で新しい憲法をつくろうというときに、当時の党が提案したものであって、そういう歴史的な文章だ、われわれの今後の行動はそれを基準にするものでもないし、それに拘束されるものでもありません」とし、事実上破棄した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙で、日本共産党を攻撃する発行人不明の怪文書が大規模に播かれ、そのビラには「あなたは『日本人民共和国』に賛成ですか?」と書かれていた。 (ja)
  • 日本人民共和国憲法草案(にほんじんみんきょうわこくけんぽうそうあん)は、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌6月29日に発表した大日本帝国憲法の改正草案で、その内容は日本共産党機関誌『前衛』1946年7月21日号に掲載された。太平洋戦争敗戦後、新憲法制定に関する議論がなされていた時期の日本共産党の意見である。 なお、1993年(平成5年)に発行された『憲法の原点―論評と資料』(日本共産党中央委員会付属社会科学研究所編、新日本出版社発行)では、歴史的文献として「日本共産党憲法草案」という題名で収録している。 2000年(平成12年)2月に、日本共産党委員長の不破哲三は「(共産党憲法草案は)戦争が終わった翌年の1946年、日本で新しい憲法をつくろうというときに、当時の党が提案したものであって、そういう歴史的な文章だ、われわれの今後の行動はそれを基準にするものでもないし、それに拘束されるものでもありません」とし、事実上破棄した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙で、日本共産党を攻撃する発行人不明の怪文書が大規模に播かれ、そのビラには「あなたは『日本人民共和国』に賛成ですか?」と書かれていた。 (ja)
dbo:wikiPageExternalLink
dbo:wikiPageID
  • 301239 (xsd:integer)
dbo:wikiPageLength
  • 13281 (xsd:nonNegativeInteger)
dbo:wikiPageRevisionID
  • 81015212 (xsd:integer)
dbo:wikiPageWikiLink
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dct:subject
rdfs:comment
  • 日本人民共和国憲法草案(にほんじんみんきょうわこくけんぽうそうあん)は、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌6月29日に発表した大日本帝国憲法の改正草案で、その内容は日本共産党機関誌『前衛』1946年7月21日号に掲載された。太平洋戦争敗戦後、新憲法制定に関する議論がなされていた時期の日本共産党の意見である。 なお、1993年(平成5年)に発行された『憲法の原点―論評と資料』(日本共産党中央委員会付属社会科学研究所編、新日本出版社発行)では、歴史的文献として「日本共産党憲法草案」という題名で収録している。 2000年(平成12年)2月に、日本共産党委員長の不破哲三は「(共産党憲法草案は)戦争が終わった翌年の1946年、日本で新しい憲法をつくろうというときに、当時の党が提案したものであって、そういう歴史的な文章だ、われわれの今後の行動はそれを基準にするものでもないし、それに拘束されるものでもありません」とし、事実上破棄した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙で、日本共産党を攻撃する発行人不明の怪文書が大規模に播かれ、そのビラには「あなたは『日本人民共和国』に賛成ですか?」と書かれていた。 (ja)
  • 日本人民共和国憲法草案(にほんじんみんきょうわこくけんぽうそうあん)は、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌6月29日に発表した大日本帝国憲法の改正草案で、その内容は日本共産党機関誌『前衛』1946年7月21日号に掲載された。太平洋戦争敗戦後、新憲法制定に関する議論がなされていた時期の日本共産党の意見である。 なお、1993年(平成5年)に発行された『憲法の原点―論評と資料』(日本共産党中央委員会付属社会科学研究所編、新日本出版社発行)では、歴史的文献として「日本共産党憲法草案」という題名で収録している。 2000年(平成12年)2月に、日本共産党委員長の不破哲三は「(共産党憲法草案は)戦争が終わった翌年の1946年、日本で新しい憲法をつくろうというときに、当時の党が提案したものであって、そういう歴史的な文章だ、われわれの今後の行動はそれを基準にするものでもないし、それに拘束されるものでもありません」とし、事実上破棄した。同年6月の第42回衆議院議員総選挙で、日本共産党を攻撃する発行人不明の怪文書が大規模に播かれ、そのビラには「あなたは『日本人民共和国』に賛成ですか?」と書かれていた。 (ja)
rdfs:label
  • 日本人民共和国憲法草案 (ja)
  • 日本人民共和国憲法草案 (ja)
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbo:wikiPageRedirects of
is dbo:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of