摂津 高親(せっつ の たかちか、生年不詳 - 元弘3年/正慶2年5月22日(1333年7月4日)?)は、鎌倉時代末期の武士・文官。摂津親鑑(親鑒・道準)の子(親鑑の弟とする系図もある)。従五位上、宮内大輔。摂津氏は、九条頼経が征夷大将軍に推戴されて鎌倉に下向した際、随伴して侍読を担当し、そのまま鎌倉幕府の吏僚となった大外記・摂津守中原師員の子孫である。文官の中では、長井氏に継ぐ家格の持ち主であり、師員以来、師連、親致、そして親鑑と代々評定衆として幕府に出仕し幕政に参画した。父・親鑑は能吏として優れ、幕府中枢で重用されていた人物であり、嫡子である高親も得宗・北条高時に仕えて引付衆を務めたようである。また、元徳2年(1330年)2月の段階では官途奉行であったことが判明している。『太平記』によれば、鎌倉幕府滅亡時に高時らとともに自害した人物の中に「摂津宮内大輔高親」が含まれており、これを信ずるならば、父と同様に、元弘3年/正慶2年(1333年)の東勝寺合戦で自害したことになる。尚、『尊卑分脉』の中原氏略系図によれば、子に時親(ときちか、宮内大輔・左近大夫)、孫に能連(よしつら、宮内大輔)がいたようである。
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