徳川 義親(とくがわ よしちか/ぎしん、1886年10月5日 - 1976年9月5日)は、植物学者、侯爵、貴族院議員、尾張徳川家第19代当主である。生物学者としては、昭和天皇の兄弟弟子にあたる。名の読みは「よしちか」が正しいが、明治維新以前の諱を音読みさせる風習(有職読み)に従い、一般向けには「ぎしん」と読ませていた(新聞記事や名古屋市長選挙の広報で採用されていた)。近代の尾張徳川家当主として、徳川家の歴史的遺産の保存や社会文化活動に力を注ぎ、植物学者としても林政学の分野で先駆的業績を残した。一方で、本人の意図しない原因で「虎狩りの殿様」の通称が喧伝され、イデオロギーとは無関係に保守・革新の両勢力と奇妙な関わりを持つなど、ユニークな逸話を多く残したことでも知られる。
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