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  • 徳大寺(とくだいじ)家は、清華家の家格を有する公家。藤原北家の閑院流で西園寺家や三条家とは兄弟筋にあたる。家紋は木瓜花菱浮線綾を使用。笛を家業とした。維新後侯爵となり、その後公爵に陞爵。通字は「公」・「実」。藤原公実の四男実能を祖とする。平安時代末期、左大臣時代の実能が衣笠山の西南麓を所有した別邸を営み、その中に持仏堂を建て徳大寺(得大寺)と命名。これが後に家名となった。後にこの別邸は細川勝元に譲られて龍安寺の元となった。江戸時代には屋敷が後の同志社大学の構内にあった。
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  • 徳大寺家
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prop-ja:家紋名称
  • 木瓜花菱浮線綾
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  • 徳大寺家(分家)(華族・男爵)
prop-ja:本姓
  • 藤原北家閑院流
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  • 徳大寺(とくだいじ)家は、清華家の家格を有する公家。藤原北家の閑院流で西園寺家や三条家とは兄弟筋にあたる。家紋は木瓜花菱浮線綾を使用。笛を家業とした。維新後侯爵となり、その後公爵に陞爵。通字は「公」・「実」。藤原公実の四男実能を祖とする。平安時代末期、左大臣時代の実能が衣笠山の西南麓を所有した別邸を営み、その中に持仏堂を建て徳大寺(得大寺)と命名。これが後に家名となった。後にこの別邸は細川勝元に譲られて龍安寺の元となった。江戸時代には屋敷が後の同志社大学の構内にあった。
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  • 徳大寺家
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