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  • 平 棟仲(たいら の むねなか、生没年不詳)は平安時代中期から後期にかけての貴族。歌人。桓武平氏高棟王流、安芸守・平重義の子。官位は従五位上・周防守。周防内侍の父。史料上の初見は万寿2年(1025年)7月で、藤原能信の雑人の狼藉を訴えている。当時、丹生使に任ぜられており、蔵人・検非違使を務めていた。その後、周防守・因幡守を歴任。位階は従五位上に至った。長暦2年(1039年)並びに長久2年(1041年)に「権大納言師房歌合」に出詠。同家の歌合では講師も務めたという。長暦4年(1040年)には内侍所御神楽に歌人として召されている。和歌六人党のひとりであったが、勅撰和歌集への入集は『後拾遺和歌集』の2首のみであった。
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  • 平 棟仲(たいら の むねなか、生没年不詳)は平安時代中期から後期にかけての貴族。歌人。桓武平氏高棟王流、安芸守・平重義の子。官位は従五位上・周防守。周防内侍の父。史料上の初見は万寿2年(1025年)7月で、藤原能信の雑人の狼藉を訴えている。当時、丹生使に任ぜられており、蔵人・検非違使を務めていた。その後、周防守・因幡守を歴任。位階は従五位上に至った。長暦2年(1039年)並びに長久2年(1041年)に「権大納言師房歌合」に出詠。同家の歌合では講師も務めたという。長暦4年(1040年)には内侍所御神楽に歌人として召されている。和歌六人党のひとりであったが、勅撰和歌集への入集は『後拾遺和歌集』の2首のみであった。
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  • 平棟仲
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