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  • 定禅寺(じょうぜんじ)は、かつての仙台藩・陸奥国領仙台城下町にあった寺。現在の宮城県仙台市青葉区本町3丁目の仙台合同庁舎の敷地を中心に、宮城県庁舎にかけて寺域が広がっていた。参道が、国分町(奥州街道。地図)から同寺の門前を当時北端としていた東三番丁(地図)まで通じ、「定禅寺通」と名付けられた(google マップ)。同通りは1873年(明治6年)に同寺が廃寺となった後も地名や道路名として残り、戦後に「杜の都・仙台」の象徴の1つになった。現在、沿道の団体や商業施設には「定禅寺」と名付けている例が見られるが、これらは「定禅寺通」の方を指している。
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  • 定禅寺
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  • 仙台藩一門格
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  • 定禅寺(じょうぜんじ)は、かつての仙台藩・陸奥国領仙台城下町にあった寺。現在の宮城県仙台市青葉区本町3丁目の仙台合同庁舎の敷地を中心に、宮城県庁舎にかけて寺域が広がっていた。参道が、国分町(奥州街道。地図)から同寺の門前を当時北端としていた東三番丁(地図)まで通じ、「定禅寺通」と名付けられた(google マップ)。同通りは1873年(明治6年)に同寺が廃寺となった後も地名や道路名として残り、戦後に「杜の都・仙台」の象徴の1つになった。現在、沿道の団体や商業施設には「定禅寺」と名付けている例が見られるが、これらは「定禅寺通」の方を指している。
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  • 定禅寺
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