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  • 大伴 子君(おおとも の こきみ、生没年不詳)は、日本の飛鳥時代の人物である。姓は宿禰。右大臣・大伴長徳の子。子に子虫がいたとする系図がある。冠位は勤大弐。子君の名は、『日本書紀』の持統天皇7年(693年)3月乙巳(16日)条にだけ見える。その日に新羅への使者として息長老と大伴子君、学問僧弁通、神叡が絁(あしぎぬ)、綿、布を賜った。息長老は前年11月8日にやはり新羅への使者として川内連とともに禄を賜っているが、そこに子君は見えない。何かの事情で彼らの出発が遅れ、子君が連と交代したのではないかと推測される。出発、帰国の記事はない。
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  • 大伴 子君(おおとも の こきみ、生没年不詳)は、日本の飛鳥時代の人物である。姓は宿禰。右大臣・大伴長徳の子。子に子虫がいたとする系図がある。冠位は勤大弐。子君の名は、『日本書紀』の持統天皇7年(693年)3月乙巳(16日)条にだけ見える。その日に新羅への使者として息長老と大伴子君、学問僧弁通、神叡が絁(あしぎぬ)、綿、布を賜った。息長老は前年11月8日にやはり新羅への使者として川内連とともに禄を賜っているが、そこに子君は見えない。何かの事情で彼らの出発が遅れ、子君が連と交代したのではないかと推測される。出発、帰国の記事はない。
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  • 大伴子君
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