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  • 増田 章(ますだ あきら、男性、1962年(昭和37年)5月22日 - )は、日本の武道空手家で、極真会館増田道場の代表師範。段位は八段。身長177センチメートル・体重85.5キログラム。1980年代から1990年代前半に極真会館が主催するオープントーナメント全日本空手道選手権大会とオープントーナメント全世界空手道選手権大会で活躍した空手選手である。瞬発力を生かした爆発的な攻撃力と選手生命も長く、一時代を築いた強豪であった。学年が同級になる松井章圭・黒澤浩樹と共に三強ともいわれた。「組手の天才児」「城西の爆撃機」とも呼ばれ、師匠の一人である山田雅稔も増田を「天才的なので細かいチェックをするだけ」と語るほど、天分に恵まれていた。その反面、悲運な判定負けを多くしたことで一時期、「無冠の帝王」とも呼ばれていたが、後述の通り全日本選手権で優勝したことで「孤高の帝王」という異名に変わり、また、年月が経つごとに殴打技、蹴り技とオールラウンドに使いこなすようになったことで外国人選手から「Over-all excellent fighter(全面的に優秀な選手)」と呼ばれていた。全世界選手権には日本人では最多記録の4度出場している (この他には増田の弟子だった市村直樹が4度出場している)。現在、極真会館増田道場にて指導の傍ら、NPO法人である国際武道人育英会にて理事長を務め、国内・海外での空手普及を行っている。
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  • 増田章
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