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  • 園田 実明(そのだ さねあき、生年不明 - 1569年)は、戦国時代の武将。島津氏家臣。通称は清左衛門。筑後守。薩摩小野領主。大永7年(1527年)6月、島津貴久が島津実久により清水城を攻められた際、死を覚悟して城を守ろうとする貴久に脱出するよう進言し、同月15日、貴久はじめ山田伊代守、木脇祐兄、川越重実、長井善左衛門、鎌田政心、井尻祐宗、貴久の乳母である宇多氏と共に、夜陰に紛れて城を脱け出す。敵軍50騎に追尾されるも、小野村の自分の屋敷に貴久を匿いながら、無事に田布施の亀ヶ城まで貴久を送り届けた。天文6年(1537年)、小野の地で実久勢を撃破した。娘(広瀬氏、後に実窓院)は島津義弘の後室(前室とは離縁)となった。その際、いったん娘を広瀬助宗の養女とした上で嫁がせている。その息子は薩摩藩初代藩主・島津忠恒である。
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  • 園田 実明(そのだ さねあき、生年不明 - 1569年)は、戦国時代の武将。島津氏家臣。通称は清左衛門。筑後守。薩摩小野領主。大永7年(1527年)6月、島津貴久が島津実久により清水城を攻められた際、死を覚悟して城を守ろうとする貴久に脱出するよう進言し、同月15日、貴久はじめ山田伊代守、木脇祐兄、川越重実、長井善左衛門、鎌田政心、井尻祐宗、貴久の乳母である宇多氏と共に、夜陰に紛れて城を脱け出す。敵軍50騎に追尾されるも、小野村の自分の屋敷に貴久を匿いながら、無事に田布施の亀ヶ城まで貴久を送り届けた。天文6年(1537年)、小野の地で実久勢を撃破した。娘(広瀬氏、後に実窓院)は島津義弘の後室(前室とは離縁)となった。その際、いったん娘を広瀬助宗の養女とした上で嫁がせている。その息子は薩摩藩初代藩主・島津忠恒である。
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  • 園田実明
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