Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • 吉備団子(きびだんご)は、岡山県(旧吉備国地域)の土産として有名な餅菓子の一種。江戸時代末期に考案。昔は黍でこしらえた食品だったかもしれないが、現在に至る改良製品は、餅米の粉を混ぜて求肥を作り、これを整形して小さく平な円形(碁石形)に仕上げる。黍の粉を混ぜて風味づけするものもあるが、使わないものもある。黍が主原料ではないにもかかわらず、従来から桃太郎の「黍団子」との同一視させる経歴がある。安政年間(1856年頃)に広栄堂により考案された等と略述されるが、郷土史家の研究によれば、この菓子舗の設立は後年であり、求肥式の製品考案も明治のことだという。吉備団子のルーツを、岡山の吉備津神社で黍団子がふるまわれたり、境内で飴が売られていた故事にもとめる所見も存在する。明治時代においては、菓子製造者が桃太郎のきびだんごと称して販売促進に利用し、昭和にはいり、桃太郎は吉備津神社の主祭神吉備津彦に由来するとの説がおこり(温羅退治を参照)、これを受けて戦後より地域をあげて、桃太郎との関連をアピールしている、その軌跡は民俗学者、加原奈穗子の研究に詳しい。
dbpedia-owl:thumbnail
dbpedia-owl:wikiPageExternalLink
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 195432 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 7847 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 70 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 56829004 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dcterms:subject
rdfs:comment
  • 吉備団子(きびだんご)は、岡山県(旧吉備国地域)の土産として有名な餅菓子の一種。江戸時代末期に考案。昔は黍でこしらえた食品だったかもしれないが、現在に至る改良製品は、餅米の粉を混ぜて求肥を作り、これを整形して小さく平な円形(碁石形)に仕上げる。黍の粉を混ぜて風味づけするものもあるが、使わないものもある。黍が主原料ではないにもかかわらず、従来から桃太郎の「黍団子」との同一視させる経歴がある。安政年間(1856年頃)に広栄堂により考案された等と略述されるが、郷土史家の研究によれば、この菓子舗の設立は後年であり、求肥式の製品考案も明治のことだという。吉備団子のルーツを、岡山の吉備津神社で黍団子がふるまわれたり、境内で飴が売られていた故事にもとめる所見も存在する。明治時代においては、菓子製造者が桃太郎のきびだんごと称して販売促進に利用し、昭和にはいり、桃太郎は吉備津神社の主祭神吉備津彦に由来するとの説がおこり(温羅退治を参照)、これを受けて戦後より地域をあげて、桃太郎との関連をアピールしている、その軌跡は民俗学者、加原奈穗子の研究に詳しい。
rdfs:label
  • 吉備団子
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:depiction
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageRedirects of
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of