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  • 十三道制(じゅうさんどうせい)は、1896年8月から行われた李氏朝鮮(1897年10月より大韓帝国)の地方行政区画である。1896年(建陽元年・高宗33年)8月4日公布・施行の勅令第36号「地方制度官制改正に関する件」によって実施された。前年に導入された二十三府制を廃し、広域行政区画として道を再設置した。ただし、朝鮮八道のうち咸鏡・平安・忠清・慶尚・全羅の5道を南北に分けて13道とし、8府・1牧・332郡とした。下位行政区画の統廃合はその後も行われたが、朝鮮全土を13の道で構成する枠組みは日本統治時代の朝鮮にも継承された。
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  • 十三道制(じゅうさんどうせい)は、1896年8月から行われた李氏朝鮮(1897年10月より大韓帝国)の地方行政区画である。1896年(建陽元年・高宗33年)8月4日公布・施行の勅令第36号「地方制度官制改正に関する件」によって実施された。前年に導入された二十三府制を廃し、広域行政区画として道を再設置した。ただし、朝鮮八道のうち咸鏡・平安・忠清・慶尚・全羅の5道を南北に分けて13道とし、8府・1牧・332郡とした。下位行政区画の統廃合はその後も行われたが、朝鮮全土を13の道で構成する枠組みは日本統治時代の朝鮮にも継承された。
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  • 十三道制
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