Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • 元鼎(げんてい)は、中国、前漢代の元号(紀元前116年-紀元前111年)。武帝の第5元。それまで、元年・2年・3年とだけ年を記録してきたが、各年代に名称を設けるべきだという建議がなされた。そこで、宝鼎が発見されたのを機に、これを「元鼎」とし、それ以前に関しても遡って、初元を「建元」、二元を「元光」、三元を「元朔」、四元を「元狩」と名付けた。これにより、元号制が始まった。2年:桑弘羊が大農丞となり、均輸法が実施される。3年4月:常山王劉舜薨去。4年2月:中山王劉勝薨去。5年4月:南越国にて呂嘉の乱が発生、漢から離反した。5年秋:路博徳・楊僕を南越征伐に派遣。6年:南越国を滅ぼし、漢の九郡(南海﹑蒼梧﹑鬱林﹑合浦﹑交阯﹑九真﹑日南﹑珠崖、儋耳)を設置。
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 212684 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 908 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 35 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 46742474 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
prop-ja:wikiPageUsesTemplate
dcterms:subject
rdfs:comment
  • 元鼎(げんてい)は、中国、前漢代の元号(紀元前116年-紀元前111年)。武帝の第5元。それまで、元年・2年・3年とだけ年を記録してきたが、各年代に名称を設けるべきだという建議がなされた。そこで、宝鼎が発見されたのを機に、これを「元鼎」とし、それ以前に関しても遡って、初元を「建元」、二元を「元光」、三元を「元朔」、四元を「元狩」と名付けた。これにより、元号制が始まった。2年:桑弘羊が大農丞となり、均輸法が実施される。3年4月:常山王劉舜薨去。4年2月:中山王劉勝薨去。5年4月:南越国にて呂嘉の乱が発生、漢から離反した。5年秋:路博徳・楊僕を南越征伐に派遣。6年:南越国を滅ぼし、漢の九郡(南海﹑蒼梧﹑鬱林﹑合浦﹑交阯﹑九真﹑日南﹑珠崖、儋耳)を設置。
rdfs:label
  • 元鼎
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of