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  • 灤河(らんが、簡体字:滦河, 拼音: Luán hé)は、中華人民共和国の北部を流れる大きな河川のひとつ。華北では黄河と海河に次ぐ大きさの水系で、河北省と内モンゴル自治区に流域がまたがり、渤海へと流入する。灤河は河北省北部の承德市に発する。市域内の巴彦古爾図山(簡体字:巴彦古尔图山)北麓に源流があり、北へ流れて内モンゴル自治区のシリンゴル盟の南部(ドロンノール県)に入る。この上流部では灤河は閃電河と呼ばれ、周囲の草原地帯はかつて遊牧国家が活動し元の上都があった地である。ここで北から東南へと向きを変え、河北省の東北部に入り、その後は河北省東部を一直線に貫いて渤海へ出る。全長は885km、流域面積は4万4,600平方kmに達し、そのほとんどは河北省に属する。灤河の主な支流には武烈河、青龍河などがあり、灤河の峡谷が万里の長城および燕山山脈を貫くところは喜峰口と呼ばれる隘路となっている。上流・中流域の大きな街は承徳市のみである。灤河上流の内モンゴル高原の部分では流れが緩やかで河床は広く浅い。中流では燕山山脈に入るため流れは急になり、下流は河北省東部の冀東平原に入るためまた流れが緩慢になる。河道には土砂の堆積が多く、水運は承徳より下流で小さな舟が通れるくらいである。清朝の時代、奉天へ参拝に向かう皇帝らは途中で承徳の避暑山荘に立ち寄った後、避暑山荘から武烈河を大型船で下り灤河本流に入り、さらに別の支流・瀑河に入って東の遼寧省方面へと抜けていた。しかし植生や森林の破壊が進んだ20世紀後半以降、灤河の水量は激減したため、清朝の頃のような大型船は航行できなくなっている。
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  • 灤河源流の碑
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  • 灤河(らんが、簡体字:滦河, 拼音: Luán hé)は、中華人民共和国の北部を流れる大きな河川のひとつ。華北では黄河と海河に次ぐ大きさの水系で、河北省と内モンゴル自治区に流域がまたがり、渤海へと流入する。灤河は河北省北部の承德市に発する。市域内の巴彦古爾図山(簡体字:巴彦古尔图山)北麓に源流があり、北へ流れて内モンゴル自治区のシリンゴル盟の南部(ドロンノール県)に入る。この上流部では灤河は閃電河と呼ばれ、周囲の草原地帯はかつて遊牧国家が活動し元の上都があった地である。ここで北から東南へと向きを変え、河北省の東北部に入り、その後は河北省東部を一直線に貫いて渤海へ出る。全長は885km、流域面積は4万4,600平方kmに達し、そのほとんどは河北省に属する。灤河の主な支流には武烈河、青龍河などがあり、灤河の峡谷が万里の長城および燕山山脈を貫くところは喜峰口と呼ばれる隘路となっている。上流・中流域の大きな街は承徳市のみである。灤河上流の内モンゴル高原の部分では流れが緩やかで河床は広く浅い。中流では燕山山脈に入るため流れは急になり、下流は河北省東部の冀東平原に入るためまた流れが緩慢になる。河道には土砂の堆積が多く、水運は承徳より下流で小さな舟が通れるくらいである。清朝の時代、奉天へ参拝に向かう皇帝らは途中で承徳の避暑山荘に立ち寄った後、避暑山荘から武烈河を大型船で下り灤河本流に入り、さらに別の支流・瀑河に入って東の遼寧省方面へと抜けていた。しかし植生や森林の破壊が進んだ20世紀後半以降、灤河の水量は激減したため、清朝の頃のような大型船は航行できなくなっている。
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  • ラン河
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  • 灤河
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