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  • 本稿は、ユーロビジョン・ソング・コンテストの参加国一覧である。1956年にこの催しが始まって以来、これまでに51箇国が大会に参加してきている。このうち、25箇国が優勝を経験している。大会は欧州放送連合(EBU)の主催により、加盟放送局と共同で毎年開催されてきている。各国の放送局は自国代表の楽曲とアーティストを選出して大会に送り込み、大会を自国向けに放送し、他国の参加者に票を投ずることで優勝者が決定される。大会への参加は、全てのEBU加盟放送局に対して開かれている。EBUの加盟局となれるのは、欧州放送地域(European Broadcasting Area)の域内にあるか、欧州評議会の加盟国に属する放送局とされている。大会名称には「ユーロ」の語が含まれているが、地理学的にヨーロッパに属する必要はなく、また欧州連合とも直接の関連はない。実際に、地理学的には西南アジアに属するイスラエルやキプロス、アルメニアはそれぞれ1973年大会、1981年大会、2006年大会より、北アフリカに属するモロッコは1980年大会で大会に参加しており、トルコ(1975年大会以降)、ロシア(1994年大会以降)、グルジア(2007年大会以降)、アゼルバイジャン(2008年大会以降)などの大州をまたいだ国々も参加している。このほかに西アジアのレバノンと北アフリカのチュニジアが大会参加を模索したことがある。2009年には、ペルシア湾の国カタールが2011年の大会参加への興味を示している。参加国の数は急速に増加を続け、1956年には7箇国であったものが1980年代の末には20箇国以上に膨れ上がった。参加する国の数が増えるにしたがって、大会をより多くの国に開かれたものとするための予選や参加制限が導入されるようになった。1993年大会では、初めて大会への参加を試みる旧東側からの参加国に対しては予選として、クヴァリフィカツィヤ・ザ・ミルストリート(ミルストリートへの道)が導入された。1994年以降は、参加制限が導入されるようになり、大会順位で最下位から6箇国は翌年の大会には参加できなくなった。1996年のルールでは、参加する29箇国全てが参加曲のオーディオテープを提出し、各国の審査員による審査で上位22箇国となったもののみが本大会に参加できる制度をとった。大会の主催国であったノルウェーは審査員投票で落選し、本大会に進むことはできなかった。1997年から2001年までは、過去5年間の大会成績が下位であった国々は参加できない仕組みとなった。このため、国によっては2年以上連続で大会に参加できない可能性もあった。2001年から2003年には、1994年から1995年と同様の参加制限が設けられた。そして2004年には準決勝が導入された。この時は、前年大会で上位10箇国に入った国々は、欧州放送連合への資金拠出額が大きい「Big 4」(フランス、スペイン、ドイツ、イギリス)と共に、自動的に決勝進出となることが保障された。このほかに10箇国が準決勝を経て決勝に進み、決勝には合計24箇国が参加する方式が採られた。2008年からは準決勝が2つに分けて行われるようになり、主催国と「Big 4」以外はすべて準決勝からの参加となった。ドイツやイギリスのような国々は全大会に参加しており、参加回数が非常に多い反面、モロッコは1回しか参加していない。チュニジアとレバノンは参加を模索していたが断念し、実際には参加したことはない。リヒテンシュタインには欧州放送連合に加盟する放送局がないため、1976年に参加を試みたが失敗に終わっている。
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  • 本稿は、ユーロビジョン・ソング・コンテストの参加国一覧である。1956年にこの催しが始まって以来、これまでに51箇国が大会に参加してきている。このうち、25箇国が優勝を経験している。大会は欧州放送連合(EBU)の主催により、加盟放送局と共同で毎年開催されてきている。各国の放送局は自国代表の楽曲とアーティストを選出して大会に送り込み、大会を自国向けに放送し、他国の参加者に票を投ずることで優勝者が決定される。大会への参加は、全てのEBU加盟放送局に対して開かれている。EBUの加盟局となれるのは、欧州放送地域(European Broadcasting Area)の域内にあるか、欧州評議会の加盟国に属する放送局とされている。大会名称には「ユーロ」の語が含まれているが、地理学的にヨーロッパに属する必要はなく、また欧州連合とも直接の関連はない。実際に、地理学的には西南アジアに属するイスラエルやキプロス、アルメニアはそれぞれ1973年大会、1981年大会、2006年大会より、北アフリカに属するモロッコは1980年大会で大会に参加しており、トルコ(1975年大会以降)、ロシア(1994年大会以降)、グルジア(2007年大会以降)、アゼルバイジャン(2008年大会以降)などの大州をまたいだ国々も参加している。このほかに西アジアのレバノンと北アフリカのチュニジアが大会参加を模索したことがある。2009年には、ペルシア湾の国カタールが2011年の大会参加への興味を示している。参加国の数は急速に増加を続け、1956年には7箇国であったものが1980年代の末には20箇国以上に膨れ上がった。参加する国の数が増えるにしたがって、大会をより多くの国に開かれたものとするための予選や参加制限が導入されるようになった。1993年大会では、初めて大会への参加を試みる旧東側からの参加国に対しては予選として、クヴァリフィカツィヤ・ザ・ミルストリート(ミルストリートへの道)が導入された。1994年以降は、参加制限が導入されるようになり、大会順位で最下位から6箇国は翌年の大会には参加できなくなった。1996年のルールでは、参加する29箇国全てが参加曲のオーディオテープを提出し、各国の審査員による審査で上位22箇国となったもののみが本大会に参加できる制度をとった。大会の主催国であったノルウェーは審査員投票で落選し、本大会に進むことはできなかった。1997年から2001年までは、過去5年間の大会成績が下位であった国々は参加できない仕組みとなった。このため、国によっては2年以上連続で大会に参加できない可能性もあった。2001年から2003年には、1994年から1995年と同様の参加制限が設けられた。そして2004年には準決勝が導入された。この時は、前年大会で上位10箇国に入った国々は、欧州放送連合への資金拠出額が大きい「Big 4」(フランス、スペイン、ドイツ、イギリス)と共に、自動的に決勝進出となることが保障された。このほかに10箇国が準決勝を経て決勝に進み、決勝には合計24箇国が参加する方式が採られた。2008年からは準決勝が2つに分けて行われるようになり、主催国と「Big 4」以外はすべて準決勝からの参加となった。ドイツやイギリスのような国々は全大会に参加しており、参加回数が非常に多い反面、モロッコは1回しか参加していない。チュニジアとレバノンは参加を模索していたが断念し、実際には参加したことはない。リヒテンシュタインには欧州放送連合に加盟する放送局がないため、1976年に参加を試みたが失敗に終わっている。
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  • ユーロビジョン・ソング・コンテストの参加国一覧
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