Data Table
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  • ティレル・010(Tyrrell 010)は、ティレルが1980年のF1世界選手権参戦用に開発したF1マシン。設計はモーリス・フィリップ。010はそれまでのマシン同様にフォード-コスワースDFVを搭載し、1980年シーズンの第3戦、南アフリカグランプリでデビューを果たした。ドライバーはジャン=ピエール・ジャリエとデレック・デイリー。シーズン終盤の2戦ではマイク・サックウェルがサードカーをドライブした。チームは1981年シーズンも引き続いて010を使用した。アメリカ人ドライバーのエディ・チーバーとケビン・コーガンが開幕戦のアメリカグランプリでドライブしたが、コーガンは次戦のブラジルでアルゼンチン人ドライバーのリカルド・ズニーノと交替した。ズニーノも2戦を走っただけで、サンマリノグランプリではイタリア人ドライバーのミケーレ・アルボレートと交替となる。アルボレートはティレルでF1デビューを果たしたが、その後は生涯215戦に参戦し194戦で予選通過、5勝を挙げ2回のポールポジション、表彰台を23回獲得し、1985年シーズンはフェラーリでランキング2位を獲得した。ティレルは1981年シーズンの途中で010に代えて新型の011を投入した。010の最後のレースは1981年オーストリアグランプリで、アルボレートが予選22位、決勝は40ラップ目にギアボックスのトラブルでリタイアした。010のベストリザルトは4位が2回で、1回はデイリーによる1980年イギリスグランプリ、もう1回はチーバーによる1981年イギリスグランプリであった。チーバーは010による最後のレースとなり、次戦ドイツからは011をドライブした。010は1980年シーズンに9ポイント、1981年シーズンに8ポイントを挙げた。
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  • ティレル・010(Tyrrell 010)は、ティレルが1980年のF1世界選手権参戦用に開発したF1マシン。設計はモーリス・フィリップ。010はそれまでのマシン同様にフォード-コスワースDFVを搭載し、1980年シーズンの第3戦、南アフリカグランプリでデビューを果たした。ドライバーはジャン=ピエール・ジャリエとデレック・デイリー。シーズン終盤の2戦ではマイク・サックウェルがサードカーをドライブした。チームは1981年シーズンも引き続いて010を使用した。アメリカ人ドライバーのエディ・チーバーとケビン・コーガンが開幕戦のアメリカグランプリでドライブしたが、コーガンは次戦のブラジルでアルゼンチン人ドライバーのリカルド・ズニーノと交替した。ズニーノも2戦を走っただけで、サンマリノグランプリではイタリア人ドライバーのミケーレ・アルボレートと交替となる。アルボレートはティレルでF1デビューを果たしたが、その後は生涯215戦に参戦し194戦で予選通過、5勝を挙げ2回のポールポジション、表彰台を23回獲得し、1985年シーズンはフェラーリでランキング2位を獲得した。ティレルは1981年シーズンの途中で010に代えて新型の011を投入した。010の最後のレースは1981年オーストリアグランプリで、アルボレートが予選22位、決勝は40ラップ目にギアボックスのトラブルでリタイアした。010のベストリザルトは4位が2回で、1回はデイリーによる1980年イギリスグランプリ、もう1回はチーバーによる1981年イギリスグランプリであった。チーバーは010による最後のレースとなり、次戦ドイツからは011をドライブした。010は1980年シーズンに9ポイント、1981年シーズンに8ポイントを挙げた。
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  • ティレル・010
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