Data Table
PropertyValue
dbpedia-owl:abstract
  • スーダ辞典(ギリシア語:Σοῦδα)は東ローマ帝国で編纂された辞書(百科事典も兼ねる)。古代から当代の歴史に関わる約3万語を収録しており、東ローマ帝国の公用語であったギリシア語で記されている。題名の「スーダ」はラテン語(suda)で「城砦」を意味する。10世紀のマケドニア朝治下の東ローマ帝国では後世「マケドニア朝ルネサンス」と呼ばれる古代ギリシャ文化の復興が進み、皇帝コンスタンティノス7世の下では国家事業として古代の文献の収集、整理が行われていた。このスーダもその文化的興隆の中から生まれたものである。誤伝も多いが、現在では散逸してしまった古代の文献からの引用も多く、資料としての価値が高い。12世紀のエウスタティオスの書物に引用が見られること、アダムの項目で書かれている年代記がヨハネス1世ツィミスケスの死亡(975年)で終わっていること、バシレイオス2世・コンスタンティノス8世の言及があることから成立は10世紀の後半であるとされる(11世紀のミカエル・プセルロスに関する語句も見られるが後代の挿入とされる)。項目はアルファベット順になっているが同音で異なる文字が同じ箇所に入れてあるなど多少揺れがある。現代になってデンマークの学者のアダ・アドラーが編修したものが刊行されている。
dbpedia-owl:wikiPageExternalLink
dbpedia-owl:wikiPageID
  • 670309 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageLength
  • 845 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageOutDegree
  • 28 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageRevisionID
  • 47097785 (xsd:integer)
dbpedia-owl:wikiPageWikiLink
dcterms:subject
rdfs:comment
  • スーダ辞典(ギリシア語:Σοῦδα)は東ローマ帝国で編纂された辞書(百科事典も兼ねる)。古代から当代の歴史に関わる約3万語を収録しており、東ローマ帝国の公用語であったギリシア語で記されている。題名の「スーダ」はラテン語(suda)で「城砦」を意味する。10世紀のマケドニア朝治下の東ローマ帝国では後世「マケドニア朝ルネサンス」と呼ばれる古代ギリシャ文化の復興が進み、皇帝コンスタンティノス7世の下では国家事業として古代の文献の収集、整理が行われていた。このスーダもその文化的興隆の中から生まれたものである。誤伝も多いが、現在では散逸してしまった古代の文献からの引用も多く、資料としての価値が高い。12世紀のエウスタティオスの書物に引用が見られること、アダムの項目で書かれている年代記がヨハネス1世ツィミスケスの死亡(975年)で終わっていること、バシレイオス2世・コンスタンティノス8世の言及があることから成立は10世紀の後半であるとされる(11世紀のミカエル・プセルロスに関する語句も見られるが後代の挿入とされる)。項目はアルファベット順になっているが同音で異なる文字が同じ箇所に入れてあるなど多少揺れがある。現代になってデンマークの学者のアダ・アドラーが編修したものが刊行されている。
rdfs:label
  • スーダ辞典
owl:sameAs
prov:wasDerivedFrom
foaf:isPrimaryTopicOf
is dbpedia-owl:wikiPageRedirects of
is dbpedia-owl:wikiPageWikiLink of
is foaf:primaryTopic of