カルタゴ(ラテン語: Carthāgō または Karthāgō カルターゴー、アラビア語: قرطاج‎ Qarṭāj、英語: Carthage)は、紀元前にアフリカ大陸の北岸を中心に、地中海貿易で栄えた、フェニキア人による国家。中心となる都市(首都)はチュニス湖東岸にあった。地理的な場所(物理的な場所)としては、現在のチュニジア共和国の北側(海岸あたり)を中心とした国家である。カルタゴは造船技術や水運や海上貿易のノウハウに優れ、地中海の貿易によって、盛時には巨大な経済力や軍事力を誇り、地中海の西部の海上交易を支配し、地中海貿易の中心地として機能した国際的な都市国家であり、文化の中心地としても栄え、(陸上でも)アフリカ北岸の広域やイベリア半島の南側を領土として支配した国家である。地中海南岸に本拠地を持つ当時の(超)大国であり、地中海北側に本拠地を持つローマと対等に競い合った国家である。 現在は歴史的な遺跡のある観光地となっているほか、行政上はチュニス県カルタゴ市としてチュニジアの首都圏の一部を成す。 「カルタゴ」の名は、フェニキア語のカルト・ハダシュト(Kart Hadasht=「新しい町」)に由来するとされる。

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  • カルタゴ(ラテン語: Carthāgō または Karthāgō カルターゴー、アラビア語: قرطاج‎ Qarṭāj、英語: Carthage)は、紀元前にアフリカ大陸の北岸を中心に、地中海貿易で栄えた、フェニキア人による国家。中心となる都市(首都)はチュニス湖東岸にあった。地理的な場所(物理的な場所)としては、現在のチュニジア共和国の北側(海岸あたり)を中心とした国家である。カルタゴは造船技術や水運や海上貿易のノウハウに優れ、地中海の貿易によって、盛時には巨大な経済力や軍事力を誇り、地中海の西部の海上交易を支配し、地中海貿易の中心地として機能した国際的な都市国家であり、文化の中心地としても栄え、(陸上でも)アフリカ北岸の広域やイベリア半島の南側を領土として支配した国家である。地中海南岸に本拠地を持つ当時の(超)大国であり、地中海北側に本拠地を持つローマと対等に競い合った国家である。 カルタゴは、もともとは紀元前9世紀ころに、地中海東岸のティルスを本拠地としていたフェニキア人によって、地中海内の植民市(植民都市)のひとつとして、ベルベル人が住んでいたこの土地に建設されたが、本国(母市)のティルスのほうがアッシリアに支配されてしまってからは、フェニキア人にとってはこのカルタゴのほうが本拠地となることになり、ここを拠点として西地中海の貿易を支配してゆくことになった。その後、地中海北側から突き出たイタリア半島を本拠地に次第に台頭してきたローマと、地中海の覇権を競うライバル関係となり敵対し、地中海覇権の鍵を握る地中海の中央部の島々(シシリア島など)の支配をめぐってローマと軍事的に激突。カルタゴとローマの間の一連の戦争は、(カルタゴは、当時、ローマ人からは「ポエニ」と呼ばれていたので)「ポエニ戦争」と呼ばれている(紀元前264年~紀元前146年)。造船技術に非常に優れ、海軍力に優れ、五段櫂船を敵船に激突させ沈没させ海上を支配するカルタゴに対して、ローマのほうは陸上の歩兵戦では優れていたが海戦は苦手とし、両国の軍隊は対照的であった。カルタゴからは、ハミルカル・バルカ、ハンニバル・バルカなど、幾人もの卓越した軍事司令官が輩出され、ローマの本拠地を攻撃する目的で(相手の意表を突く)「アルプス越え」を行って北側から陸伝いに攻撃を行い、歴史に残るような大勝も成し遂げた。だがローマの本拠地を支配することには成功せず、強大化しつづけるローマに対して次第に劣勢になり、ついには本拠地の城塞都市もローマの大軍に包囲され、それでも3重の強固な城壁に護られた城塞都市のおかげで何年にも渡り籠城戦に耐えたが、ついにはローマ軍に城壁を乗り越えられ都市を全て焼き払われ、住民は虐殺され(もともと50万人はいた カルタゴ人は)ついには5万人になり、残ったカルタゴ人も逃亡したり奴隷になるなどし、カルタゴは滅亡した。だが紀元前45年にカエサルによって再建され、ローマ帝国の都市、ローマ帝国内屈指の大都市、として繁栄した。 現在は歴史的な遺跡のある観光地となっているほか、行政上はチュニス県カルタゴ市としてチュニジアの首都圏の一部を成す。 「カルタゴ」の名は、フェニキア語のカルト・ハダシュト(Kart Hadasht=「新しい町」)に由来するとされる。 (ja)
  • カルタゴ(ラテン語: Carthāgō または Karthāgō カルターゴー、アラビア語: قرطاج‎ Qarṭāj、英語: Carthage)は、紀元前にアフリカ大陸の北岸を中心に、地中海貿易で栄えた、フェニキア人による国家。中心となる都市(首都)はチュニス湖東岸にあった。地理的な場所(物理的な場所)としては、現在のチュニジア共和国の北側(海岸あたり)を中心とした国家である。カルタゴは造船技術や水運や海上貿易のノウハウに優れ、地中海の貿易によって、盛時には巨大な経済力や軍事力を誇り、地中海の西部の海上交易を支配し、地中海貿易の中心地として機能した国際的な都市国家であり、文化の中心地としても栄え、(陸上でも)アフリカ北岸の広域やイベリア半島の南側を領土として支配した国家である。地中海南岸に本拠地を持つ当時の(超)大国であり、地中海北側に本拠地を持つローマと対等に競い合った国家である。 カルタゴは、もともとは紀元前9世紀ころに、地中海東岸のティルスを本拠地としていたフェニキア人によって、地中海内の植民市(植民都市)のひとつとして、ベルベル人が住んでいたこの土地に建設されたが、本国(母市)のティルスのほうがアッシリアに支配されてしまってからは、フェニキア人にとってはこのカルタゴのほうが本拠地となることになり、ここを拠点として西地中海の貿易を支配してゆくことになった。その後、地中海北側から突き出たイタリア半島を本拠地に次第に台頭してきたローマと、地中海の覇権を競うライバル関係となり敵対し、地中海覇権の鍵を握る地中海の中央部の島々(シシリア島など)の支配をめぐってローマと軍事的に激突。カルタゴとローマの間の一連の戦争は、(カルタゴは、当時、ローマ人からは「ポエニ」と呼ばれていたので)「ポエニ戦争」と呼ばれている(紀元前264年~紀元前146年)。造船技術に非常に優れ、海軍力に優れ、五段櫂船を敵船に激突させ沈没させ海上を支配するカルタゴに対して、ローマのほうは陸上の歩兵戦では優れていたが海戦は苦手とし、両国の軍隊は対照的であった。カルタゴからは、ハミルカル・バルカ、ハンニバル・バルカなど、幾人もの卓越した軍事司令官が輩出され、ローマの本拠地を攻撃する目的で(相手の意表を突く)「アルプス越え」を行って北側から陸伝いに攻撃を行い、歴史に残るような大勝も成し遂げた。だがローマの本拠地を支配することには成功せず、強大化しつづけるローマに対して次第に劣勢になり、ついには本拠地の城塞都市もローマの大軍に包囲され、それでも3重の強固な城壁に護られた城塞都市のおかげで何年にも渡り籠城戦に耐えたが、ついにはローマ軍に城壁を乗り越えられ都市を全て焼き払われ、住民は虐殺され(もともと50万人はいた カルタゴ人は)ついには5万人になり、残ったカルタゴ人も逃亡したり奴隷になるなどし、カルタゴは滅亡した。だが紀元前45年にカエサルによって再建され、ローマ帝国の都市、ローマ帝国内屈指の大都市、として繁栄した。 現在は歴史的な遺跡のある観光地となっているほか、行政上はチュニス県カルタゴ市としてチュニジアの首都圏の一部を成す。 「カルタゴ」の名は、フェニキア語のカルト・ハダシュト(Kart Hadasht=「新しい町」)に由来するとされる。 (ja)
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  • カルタゴ(ラテン語: Carthāgō または Karthāgō カルターゴー、アラビア語: قرطاج‎ Qarṭāj、英語: Carthage)は、紀元前にアフリカ大陸の北岸を中心に、地中海貿易で栄えた、フェニキア人による国家。中心となる都市(首都)はチュニス湖東岸にあった。地理的な場所(物理的な場所)としては、現在のチュニジア共和国の北側(海岸あたり)を中心とした国家である。カルタゴは造船技術や水運や海上貿易のノウハウに優れ、地中海の貿易によって、盛時には巨大な経済力や軍事力を誇り、地中海の西部の海上交易を支配し、地中海貿易の中心地として機能した国際的な都市国家であり、文化の中心地としても栄え、(陸上でも)アフリカ北岸の広域やイベリア半島の南側を領土として支配した国家である。地中海南岸に本拠地を持つ当時の(超)大国であり、地中海北側に本拠地を持つローマと対等に競い合った国家である。 現在は歴史的な遺跡のある観光地となっているほか、行政上はチュニス県カルタゴ市としてチュニジアの首都圏の一部を成す。 「カルタゴ」の名は、フェニキア語のカルト・ハダシュト(Kart Hadasht=「新しい町」)に由来するとされる。 (ja)
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